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24.2.11

「世界の笑顔のために、がんばりたい」

jaih-s6期運営委員勉強会担当の加藤茉悠子です。

私が国際保健医療を志したきっかけ。
それは、小学4年生のときに、父の仕事で連れていかれたフィリピンでの生活だった。
生涯初めての引っ越しが海外。
フィリピンってどこ?バナナで有名?としか思っていなかったところで見たものは
私にとって衝撃的なものばかり。

渋滞や赤信号で停まった車に近づいてくる人々、
サイドミラーを綺麗にしてお金をもらう子どもたち、
線路沿いに家を建てて住んでいる人たち。

学校への登下校中、車の中の私は綺麗な身なりをして新しいリュックを持って
いて、車の外の子どもたちは、決して綺麗とは言えない服装でこちらを見てくる。
何故、私はこうして車に乗っていて好きなものがいくらでも買うことができて
何故、この子たちはこのような生活をしているのだろう。

世界の現状をまだ知らなかった私に理解することはとても難しく、
見て見ぬふりをしていた。

このような中でも特に衝撃を受けたのは、フィリピンでの生活に慣れた頃、
家族で観に行った日本人が撮影したというドキュメンタリー映画「神の子たち」である。
それは、ゴミ山として有名なパヤタス地区の生活を撮っている。
ただでさえ、劣悪な環境の中、大雨によりゴミの雪崩がおきて生き埋めに
なる人々、子どもたち。本当にこのような生活が、私が今住んでいる国では
あるのだろうか…何故という想いと涙なしでは見ることができないものであった。
それを見てから、どうしたらこのような人たちにとって将来良い生活をできる
サポートができるだろうか、と考えていた。

2年間の生活を終え、帰国してから自分に何ができるだろうかと考え、
幼い頃から医療従事者になると決めていた私が見つけたのは、国際保健医療であった。
漠然と掲げた国際保健とはどのように関わっていけばいいのか未知のものであり、
また自分1人という無力さを前に諦めたことも何度もあった。

数年がたち、「世界中の人がいつも笑顔でいられるようにしたい」
そう思うようになった今、私はまた国際保健を志している。
私にできること、私にしかできないこと、本当にしたいこと、まだまだ模索中の毎日。

今年は、私の第二の故郷フィリピンに行き、実際にパヤタスを訪れる。
10年前の自分が感じたことを、私はどう感じるのか。
様々な想いを胸に帰国し、私はまた国際保健について考え、悩むだろう。
路頭に迷うかもしれない。

しかし、今、私には偶然にも出逢ったjaih-s、それまで共有できなかった
想いを分かち合える仲間がいる。

もう、諦めない。「世界の笑顔のために、がんばりたい」

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